<< BACK
【inv37】『侵食』
『侵食』
(2015/10/01)
「さて、と」
 集落の傍までやってきた桜は気楽な態度を崩すことなく、どんどんその入口へと近づいて行く。
 集落の出入り口で門番を務める二人が桜を捉えるが、特に目立った反応は無し。ただ、厳しい視線に敵意を越えたものが混じってくるのが分かる。
 踏み込むつもりだが。それは許されるのか? 近づけば近づくほどそんな不安がわき上がるが、ここまでくれば引き下がれない。彼我の距離がどんどんと埋まり、番兵の細かい挙動を確認できるほどまで踏み込む
 身じろぎ、いや、合図だろうか。人間種の番兵が独特の動きをすると、ややあって桜に注がれる視線が一気に増えた。
「警戒し過ぎだろ」
 肌がひりつくほど感じる数多の『視線』にボヤキが自然と漏れた。
視線を不自然でない程度に周囲に走らせてもあの集落以外に目に付く物は見当たらない。威圧感の発生源は間違いなく正面の集落であり、皮膚に実感を伴うような痛みすら覚えた。
 横を歩く狐太郎が足にじゃれつく。いや、これは足を止めようとしているのか。
 分かっていると彼は小さく頷いた。目の前のそれは明らかに敵地だ。
 引き返すか?
 この距離から攻撃されるならばまだ逃げられる。自分には狐太郎という足があり、逃げに徹するならば絶対の自信がある。あちらも矢を射掛ければ届く距離まできて動きが無い事を踏まえれば追い掛けて来ないだろう。だが、あの集落に踏み込み、囲まれてしまえばそうもいかない。
 刻一刻と迷う時間は失われる。Uターンすら許されなくなる距離が近づいて来る。
 背中に汗が流れる。視線の圧力がふと無くなった。警戒が解かれたわけではない。代わりにテントで作られた壁の向こう側で明らかに動きがある。
 こりゃ、踏み込むのは無理か。
 桜がそう判断仕掛けた時、狐太郎がくいと右手方向にズボンを引っ張った。
「どうした?」
 自分が踏み込むと決めている事を賢い彼が察していないということはあるまい。それでもなお止めるのかと訝しがるも、相棒の視線は集落では無く別の方向を凝視していた。
「……なんだ?」
 意味もわからず向けた視線の先に土煙が見えた。何も無い荒野に土煙が上がる理由。そんな物を巻き起こす風が吹く天気では無い。となれば
「敵……MOBか?」
 集団で動く雑魚を意味する言葉が脳裏に浮かぶ。一匹一匹は大したことが無いが、集団で行動するが故に脅威となる怪物。それが明らかにこちらへ向けて進軍している。
 どさくさにまぎれて踏み込むか?
 この調子ならばあの土埃の発生源はこの集落へ突撃するだろう。それに紛れて侵入する事は決して難しくは無いだろうが、混乱に乗じて切り捨てられそうな未来がどうしても拭えない。それに
「ちょっと、多くね?」
 クロスロード近辺までやってくるMOBは数年前に比べてかなり少なくなっている。それがあれほどに土煙を上げるとなれば、不自然な数のMOBが集まっていような気がする。
「大襲撃、じゃねえよな。流石に」
 衛星都市が成立した今、その都市で観測された大襲撃の報は即座にクロスロードにまで届けられる。少なくとも衛星都市がその数の暴力に晒される一週間前には起こりが知れ渡るようになっていた。その予兆を聞いていない以上大襲撃である可能性はかなり低いだろう。
 しかしあれは普通じゃない。MOBっていうのは雑魚の集まりだが、決して雑魚が混合して襲ってくる物じゃない。たまり二つ三つのMOBが混ざる事はあるのだろうが、そんな光景が見られるのは今では衛星都市周辺くらいなものだ。大きなMOBはそれだけ早く見つかって処理される。
「クロスロードからそんなに離れてない位置であるものじゃねえ、はずだよな?」
 大襲撃という先ほどは投げ捨てた可能性が脳裏を過ぎる。確か一度、東側にそれた後で襲いかかってくるというヒネた大襲撃もあったはずだ。
「……狐太郎、一時撤退だ」
 MOBの群れは東側から。桜は相棒に語りかけると、怪物から逃げるように向きを変え、改めて踏み込む機会をうかがう事にするのだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「なるほどな」
 そこらから集め、引き連れた怪物集落にぶつける事に成功したザザは冷静にその戦いぶりを眺めていた。
 もしもあれがただの避難民の集まり、というならば賞金を懸けられそうな手段ではあるが、その可能性は無いと既に確信している。
「しかし……こんなところに居座る位だから、ある程度の力量はあると思ったんだが」
 はっきり言って彼らは強くない。だが指揮官の命令の元で組織としての戦力を構築する事でかろうじてMOB程度の怪物に対抗している。
「それにしても、ろくな連中じゃないことは確かか」
当初の作戦では怪物を背にしたまま集落になだれ込み、助けを求めるつもりだったのだが、その姿を見止めた兵士が最初に行ったのは何よりもザザを狙って矢を射掛けたのである。それを察した彼は怪物に呑み込まれるように走る速度を緩め、混戦状態になるや、一気にMOBを突破。後方へ離脱したのだった。彼にとってMOBと呼ばれる連中程度なら無傷で突破する事も容易い。
「危険なことしますね」
 Mobの意識が完全に集落に向いた頃、近気配に視線を向ければ狐にまたがる青年が一人、身を低くして近づいてきていた。
「なんとか潜り込む口実が欲しかったんだがな」
「でも、あいつら、まっさきにザザさん狙ったよな?」
 彼の目からもそう見えたというならば間違いあるまい。
「どう思う?」
「軍事行動中。怪物よりもクロスロードの連中を警戒している」
「同感だ。依頼人よりも管理組合に報告すべき案件だな」
 視線の向こうでは本格的な戦いに移行している。
「こんなところに居座るんだからある程度の強さを有していると思っていたんだが」
「この辺りは昔と比べモノにならないくらいに平和になったって聞きましたよ?」
 黎明期に同じことをしていれば、彼らが調査に来る前にあの集落は消え去っていたかもしれない。そんな言葉にザザはしばしの沈黙ののちに首肯を返す。
「農業に目途が立つのなら、この辺りに農村ができても不思議でない程度にはなっているんだな」
「大襲撃を考えなければですけどね」
 その大襲撃すらもここまで至っていないとはいえ、珍妙な干渉者の手管一つでどうなるか分からないのだから、踏み切るのはやはり難しいだろう。
「クロスロードに敵対的な意志を持つ連中。俺はそう判断した」
「同意見です」
「状況証拠ではあるが、確証を得る必要はあるだろうか」
「……個人的には状況証拠で充分と思いますけどね」
 最初は拮抗したとはいえ、所詮はMOB程度。話している間に鎮圧されてきたらしいことを見たザザはもう少し距離を取るために動こうとして
「あいつにも話を聞くべきだろうな」
 怪物と戦っている東側とは逆。陣の西側からこっそり飛び出した狼の姿を見止めて、ザザは呟きを漏らすのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 軽い足取りで集落に向かっていた男を狼は身を伏せたままじっと見ていた。
すると不意に彼は立ち止まり、慌てて進路変更をするのと同時に集落の意識も東側へ向いた事を悟る。
 狼────理紗子はその身を狼に変え、目立たぬように西側に回り込みつつ近づきながら近づいて来る大量の足音に耳を澄ます。恐らくMOBと呼ばれる怪物の集団だろうが、その数はかなり多いようだ。集落の中の者達の足取りが慌て始めるのがわかる。
「おおぜい、におい。ひゃく、いないていど。よろいの、おと」
 武器や鎧を取り、準備する音。鋭敏な感覚でおおよその数を掴んだ彼女は次いでその向こう側の音に感覚を向けた。
「……しゅうらく、おそわれる?」
 ここからでは襲い来る何者かの姿は見えないが、響く足音を鑑みれば結構な数が集落に迫ろうとしているようだ。間もなく戦闘になるのは間違いあるまい。
 つまり注意のほとんどがそっち側に向いていた。今のうちにと荒野を駆け、柵を飛び越して敷地内へと侵入。周囲を確認しつつテントの影に潜む。
伺い見れば、画一的な装備を纏った者が東側へと集結しようとしているのが見える。彼らの動きを邪魔しないように幾人かの女性がテントの傍に走る姿も見えた。手にしているのは洗濯物や料理器具だろうか。
「ぐんたい……?」
 子供や老人の姿は見当たらない。となれば部族単位でやってきた者や避難民と言う事もあるまい。
「ん……」
 意識を周囲へと切り替える。狼の身を利用してテントの下から頭を突っ込み、潜り込めば鼻を突くのは長く風呂に入っていない事に由来するだろうすえた臭いだった。咄嗟に引っ込みそうになるのをぐっと我慢して周囲を見渡す。目につく品々をひとまとめに言うなら「最低限の身の回りの物」だろうか。
「みずを、つかえないの、わかるけど……」
 不衛生。獣の身が言うのもなんだが、クロスロードに住めば解決する水の問題に困窮している事がわかる。それをあえて不自由をしてここに居座る理由とは何か。
 色々と考えるが、どうしても理由として思い当たるのは1つしかなくなってくる。
「やっぱり……」
 気配が近づいて来る。戦闘は今からが本番という剣戟の音を遠く確認しながらも理紗子は身を小さくする。
「またモンスターかい」
「今回は多いらしいよ。大丈夫かね?」
「大丈夫だろうけど、早く帰りたい物だね」
 女性の声。先ほど調理具などを持っていた者達だろう。安全な西側に避難してきたらしい。
「あの塀の中じゃ楽に暮らせるって言うのにねぇ」
「伯爵さまの命令だから仕方ないよ」
「でも何人か勝手に塀の中に逃げ込んだそうじゃないかい」
 塀というのはクロスロードを覆う壁のことだろうか。
「こんな事を言うのもなんだけど、あたしだって故郷にのこしてきたものを考えなきゃそうしたいくらいだよ」
「やめなさいな。聞かれたら討ち首になっちまうよ」
「でもさぁ。あたしらどうなっちまうんだろうねぇ。壁の中の連中、みただろう?」
「得体のしれないのがわんさかいたねぇ……あれと戦うのかい? 無謀ってもんだよ」
 理紗子は彼女らとならば会話が成立するのではないかと思うも、暫く考えてそれはないと判断する。
 彼女らは支配者階級の指示でここに居る。故郷に残してきたものもあると言っていた。その辺りを捨ててまで協力してくれるかは五分五分というところか。
 それよりも
「くろすろーどに、にげたの、いる」
 そちらの方が話は通じるはずだ。探すのは大変だろうが、管理組合に問い合わせれば何とかなるかもしれない。
「そうだん、しておこ」
 同じ依頼を受けているだろう者達は、いや、この襲撃を引き起こした者は確実にこの付近で現状を伺っているだろう。
 彼、あるいは彼らのお陰で潜り込み、拾った情報だ。理紗子はこっそりその場を抜け出すと今の話を伝えるべく、周囲に潜んでいるだろう同業者を探すのだった。

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-
大体の理由が透けて見えたと思います。
誰にどう伝えるか。
リアクションをお願いします。
niconico.php
ADMIN