天使のような羽を人間の背中につけても、現実世界の物理法則では飛ぶことができません。
これは人間の大胸筋が人間の体を飛翔させるのに充分ではないからです。飛行を実現するには、もはや人間のフォルムを粉砕するような大胸筋を用意しなければならないと言われます。
しかし多重交錯世界では有翼人が普通にその背の羽で空を飛びます。
これについては《固有認識空間》理論が提唱されています。
多重交錯世界では『自身の周囲を自分の信じている世界に塗り替える』作用が働いているという理論です。
細かく言うと面倒なので『個人の能力に関しては問題なく発揮される』とだけ覚えておけば良いでしょう。
体長10mの巨人族は自重で膝関節が砕かれる事はありませんし、有翼族は問題なく空を飛べます。
動物の声帯と同じでも獣人種は言葉を話せますし、ウンディーネやシルフはその体を半固定化させて存在し続けることができます。
しかし自分から離れた場所になると基本的には現実世界の法則に縛られます。
例えば水が100度でも沸騰しない世界の人間がお湯を沸かした場合、多重交錯世界では100度まで熱しないと沸騰しません。
また『マナ』や『エーテル』など魔法の元として認識される不思議物質についても個人に集積される時点で適当な存在に変化します。
仙術論より、『似ているものは同じである』という術式が恒常的に働いているのではないかという意見もあります。
世界Aと世界Bの水の分子構造が科学的に見て違っていたとしても、世界Aと世界Bの人間は多重交錯世界の水を等しく水として飲む事ができるのです。
そのためミクロの世界で物事を分析する科学者の間では研究が滞っており、概念や象徴を基本とする魔法技術の方が優先される傾向にあります。